SNSについて考える、こたえはでないけど。

前回記事から色々考えています。

私はLINEやFacebookを過去に乗っ取られて私の知り合いに詐欺メールが送られて、それがきっかけになり、LINEはやっていますがFacebookTwitter、インスタグラムなどはやっていません。

乗っ取られた時というのは、後で考えればきっかけにすぎなかったと思います。

知っている人の知らせたい情報が流れてきて、自分も言いたいことを流せます。

単純で簡単なことなのになぜかややこしくなるのは人の世の中でしょう。

「あの人には、いいね!付けてたのに私には付けてくれない」

「あのメンバーで飲んでいるのに声かけてくれなかった」

「ダサいと言っていたのに真似して買ってる」

当時ぼんやり適当にSNSに接していた私に周りから入ってくる言葉はもう気持ちをありのまま適当にやれる感じはなかったです。

いいね!も本当にいいと思った記事に付けるのではなく、知り合いがあげたら平等に付ける、何なら自動いいね!ボタンあればらくだなぁと思ったこともありました。

やり忘れて見忘れてもなに言われるかわからない…。

ぼんやりさんがやるには仕事がきつすぎます。

いいね!があまり付かない記事はいつの間にか削除されてたり、自慢合戦みたいになっていたり。

そんな私は載せたい時はやはり一緒に載せる人には許可はとっていました。

前回の記事の人、私に許可はとっていなくて、会えば全部載せちゃう人でした。

その人と会っていて写真を撮ったりしてなくて言われてないし載せてるとは気付かなくて知り合いが教えてくれて初めて知ったんですが。

多分写真は私がトイレにいった時やドリンクバーに取りに行ったときに撮ったと思われます。

つまり料理や飲み物の写真だけで、文章で「セロリちゃんとランチ☀️🍴」など載せるようです。

だからみた人は想像で空白を埋めて行きます。

しかしこの人は私に載せていいか?と問いかけてないけれど、私はわざわざやるかやらないかもわからない、自分はみないSNSを「ランチしたことSNSに載せないでね」と言わないといけなかったのかな。

もう何もわかりません。

ただ人は人の関係をなぜか気にしてそれを週刊誌の見出しの如くみたい人はみて想像するのです。

みるためだけにFacebookやインスタグラムをやっている人もたくさんいます。

その記事にあげた人はありとあらゆるものにあげます。

だからLINEのタイムラインも。

しかし私はいいね!を付けたり付けなかったり見逃したりみなかったりみたりがもう心身つかれてしまうのでひらきません。

だから私もわるいのかもしれない。

LINEをやっていてみていると思われているのか、了承していると思っているのかもしれません。

 

私は来るもの拒まず去るもの追わずですが、それでうまくいかなくなった人間関係があります。


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坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

一つ憎いとそれに関わる全てが憎いという意味。

当時、長女が幼稚園の時に仲良くしていたママ友が私を避けるようになり、挨拶を聴こえないふりをして返してくれなくなり、七五三の写真がどこで撮ったか話すとき無視されないように名前を呼んで勇気を出して話しかけたら「教えない」

…一瞬聞き間違えたかと、「え、どうして?」

「一緒のところで撮って欲しくないから」

全然聞き間違えでなかったです。

ことわざの通りです。

嫌われたきっかけは、私がとても仲良くしていたママ友Aさんとそのママ友Bさんがお互い大嫌いになって、BさんはAさんと関わる全てを遠ざけました。

しかしAさんとBさんは子どもが違う小学校で私はBさんと子どもが同じ小学校、そしてしたの弟同士も同じ学年でした。

長女を通わせた幼稚園へ入れるつもりでしたが心が病んでしまい弟は別の幼稚園へ入れて働き始めました。

きっかけはAさんと仲良しだっただけなのに、と当時こぼした私にあるママ友がこのことわざを教えてくれました。

妙に納得してしまいました。

SNSも自由の幅は広いし、気にしなければいいだけ、やりたい人はやればいい、みたい人はみればいいと元気に割りきれるときもあります。

…しかし自分はやはり考えなしかもしれないと悩む時もあります。

経験は勉強になり、しかしそれが役立つときばかりでなく邪魔をしたり臆病になったりもあります。

Bさんは私が幼稚園に行かなかったら私が仲良かった姉弟同じ学年の人を今度は避けるようになり、小学校では参観日や運動会、親子レクレーションなどでみることはあっても避けるのが上手で、まるでモーゼの何とかのように海が割れるごとくどこかに身を隠してしまいます。

傷付くことはあってもそれも慣れます。

でも一つ驚いたことが。

今は小学校や中学校でも親が学校に「この子と一緒のクラスにしないで欲しい」と頼む場合があります。

私は私自身もそうですがいずれどこにでも苦手な人はいたり、いいと思った人に裏切られたりどんなに回避してもその状況は生きていたらどこかでそういうことはあるから、あえて学校にそのお願いはしません。

長女が小学六年生の時にBさんの長女と同じクラスになって、彼女がそのお願いをしていないことに気付きました。

同じ写真屋で七五三を撮って欲しくないと面と向かって言った彼女が。

しかし事情があったのか、Bさんは長女が中学生になるタイミングで引っ越しました。

大したことないと思い込もうとしていながら、なかなかトラウマになっているかもしれません。

人のことは探らずいきたい。

わかりすぎなくてもいいし、わかりたかったら聞ける関係でいたい。

偶然会ったら喜びたい。

 


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娘と旦那と三人で鹿島アントラーズの試合観に行きました。

久しぶりに美味しいもつ煮込みとビール、酎ハイ飲んで楽しかったです。

結構前です。

息子は友だちと遊ぶのに夢中。

友だちは大事。

 

読んでくれてありがとうございます。

 

憶測で誤解、人が信じられなくなる。

書きたいことは山ほどあるのに、その時の思いつきや感情でまとまりつかないのが私です。

 

以前から病んでいることをブログでかいてしまっていますが、それがまた。。

 

私はいつも来るもの拒まず去るもの追わずで生きています。

求められれば嬉しいし応えたいし、去る人はそれなりにさよならを決めたのだと思ってしまいます。

 

そんな風に生きている私ですがSNSに疎い私です。

唯一無二のブログです。

SNSは使いようによっては人に憶測させて誤解させて追い詰めて苦しめることもできる怖いシステムです。

私は浅はかなのでよくそうなりがちでそんな自分も嫌なので人のも覗かないし興味もありません。

しかし私がある人の誘いで食事したのが、もちろん私に許可もなくSNSに載せた人がいて、それは別に構わないのですが、その人は嫌いな人に当て付けるようなSNSの使い方をしているようで、それを注目している知り合いが多いようです。

みんな人のそういう恐ろしいことは興味深いみたいで。

それをみてた人がタイミングがタイミングで、うちの子どもがクラブを辞めたいといったときで、休みがちになっていて、SNSに私がその人と会っていたということが注目されてたようでそれを知り合いが今日教えてくれて初めて知りました。

見えない水面下で人の憶測が憶測で終らず現実化していきます。

「私に相談しないであの人には相談していたの?」

そんなことを言っていたみたいです。

息子が辞めたいと言ったクラブは夫婦で相談はしても他人には相談する内容はありません。

本人の意志がなくどう続けさせれるのでしょう。

 

ほとほと少年団の頃から集団スポーツのおかしな縛りに嫌気で一杯です。

一人でできないものは一人だけ強くてもどうにもならない。

仲間が必要なのです。

その争奪戦は凄まじい。

時には人の心や気持ちも踏みにじります。

紙一重です。

 

もっと書きたい別のことはあったのに、感情のまま…。

 

すみません。

 

実家で母を父をそして遊びに行く私たちを迎えてくれた可愛いトラの写真を癒しに。


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追悼

お久しぶりです。

はじまる前はどうすればいいかわからない不安と心配に苛まれた長い夏休みが終わり、子どもたちの学校が始まりました。

この長い夏休みにブログに描きたい数々のことがあったにも関わらずなかなか気持ちが整理できなく今に至ります。

その数々の中で一番印象的だったことが、友人の追悼です。

長いコロナ禍が落ち着いて当時の様子を取り戻すなか、コロナ禍一年目頃に、くも膜下出血でなくなった友人の仏壇に手を合わせにいきました。

時は早く三回忌も過ぎて、何度か帰省はしていてもコロナ禍で手を合わせに行けなかった月日の長さに甘え、追悼を先にのばして悲しみに浸るのを避けていたかもしれません。

その悲しみがダムの放流の如くなってしまって、涙がとまらなかったです。

 

保育園、小学校、中学校と一緒で仲良くして高校は別でも学校が秋田駅に向かう上り列車が一緒なので一緒に男鹿線で通いました。

宮城県の短大に通う時は、その友人は宮城県の専門学校で、故郷を懐かしみながらたまに泊まりに来てくれたり遊んだりしました。

秋田に戻ればいつもの仲間と呑んだり、コテージに泊まったり、花火大会に行ったり、…思い出す限り楽しいことばかりでした。

里帰り出産で二度長く帰った時も何度も遊びに来てくれました。

今も考えるだけで涙がこみ上げます。

今年の夏にようやく仏壇を拝ませていただいてその友人の遺影に現実を突き付けられました。

素敵な写真です。

とても笑顔でまだまだ若くて。

お母さんが引き留めてくださってお話をいっぱいしました。

聞けば聞く程もったいない、いい人で、早い旅立ちが惜しまれます。

 

「友だちが好きでなぁ、遺影の写真探す時も友だちと笑ってる写真ばっかりでなぁ、…こういうとあれなんだけど友だちを一回もわるくいったごど無くて、本当に友だちが大好きだったと思うんだ」

「ゆめにでも出てきて欲しくて、でも最近は出てきてくれなくてなぁ」

「家のこと何でもやってくれて、昨年亡くなったおばあさんの施設にもよく私の代わりに行ってくれて別に頼まなくても見様見真似で入れ歯まで洗ってあげててね」

「一緒に呑むはずだった正月のビール、未だに手をつけられなくてそのままにしてしまって」

「病院の先生がいいこと言わなくなってからはイヤホンで大好きなゆずの曲聴かせてあげてたんだ、今も車に乗ればゆずかかってあの頃と同じだ」

「はやぐしろって急かして育ててきたきがする、もっと抱きしめたり、手つないだり優しくしたがった、セロリさんも子どもいっぱい抱きしめてやって、あっという間に大きくなるよ」

 

いっぱいいっぱい話しました。

私も話したけど、お母さんの言葉を描きました。

その友人は、とても心配症で、確認する癖があってどこかに遊びに行っても必ず最後に忘れ物がないかみんなの座席を確認して最後に出る人でした。

キレイ好きで人が出したゴミを片付けたりします。

私のゆめに出てきたとき、

いつものようにおしりのホコリを払う仕草をして、みんなの忘れ物を確認して最後に私に、「先にいぐね」

 

笑顔でした。

 

色んな意味でコロナは人をおとしめました。

彼女がなくなったのは1月半ばです。

お母さんに聞いたら、クリスマスの前日頭が痛いと言っていて、近所の町医者に行きました。

コロナ禍真っ最中で、電話診察でお願いしますと言われて、電話で症状を伝えると風邪薬を処方されました。

その薬を一回飲んで、家族に迷惑かけないようにしていたんでないかな。

「頭痛いの少し落ち着いてきたかも」

そういっていたのにクリスマスの夜、トイレで倒れてしまいました。

救急車で大きな病院にいって、持ち直すと思われていたのに、容態は年を越してからわるくなりなくなりました。

クリスマスや正月の買い物をお母さんとしていて、お酒はまとめて買ったようです。

そのお正月のお酒は未だにお母さんが手がつけられない。

色んな後悔があるようです。

でも彼女はお母さんに笑っていて欲しいと思っていると思います。

そう勝手ながら話しました。

彼女はとても綺麗な人ですが結婚はしていません。

弟家族が同居していて双子が生まれて弟のお嫁さんを手伝ったりしていました。

前から面倒見が良くて私の子どもが生まれた時も抱っこしたりしてくれました。

お母さんもお父さんも彼女のことが辛くて寂しくて、でもがんばって暮らしています。

私との彼女の最後のやりとりはショートメールでした。

いつも県外にいる私に誕生日メールを送ってくれるのです。

内容は

「また秋田に来たら遊ぼうね。コロナやインフルエンザに気をつけてね。誕生日おめでとう。」

彼女のお母さんにみせました。

泣き崩れてしまいました。

いつも自分のことより人の心配や人の世話の貴方でした。

綺麗なのに何も着飾らない人でした。

お母さんはなくなってから親戚の人に頼んでネットでキレイなワンピースを買ってそれを着せて見送ったそうです。

なんと似合ったことでしょう。

 

彼女に会えたので四年ぶりに追悼しながら友人に会いました。

 

みんな色んな苦労や悩みを抱えながらがんばっていました。


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きっと彼女も来てたと思います。

 

最後はやはりビールの呑み比べでぎゃんぎゃん騒ぎました。

いつまでも友だちはあたたかいなぁ。

 

読んでくれてありがとうございます。

 

気付けば八月、蝉のよう。

お久しぶりです。

もう前回の記事から1ヶ月たつのですね。

夏休み前から色々気を揉んで夏休みを帰省を八月を娘と息子の誕生日を、コロナ禍前に戻る勢いを考えながら、気付けばこんなに日々が過ぎました。

そうです。

まるで地上に出て声を張上げる前の蝉のようでした。

色々考えても時間は待ってくれなくてその日はいつの間にか来て、その時は一生懸命過ごして、何もかも過去になって現在を更新してゆくのです。

そう、死ぬ時さえも更新の現在を生きて辿り着くのでしょう。

 

前回の記事でそこから今もがんばっています。

サラダ作り。

旦那の健康、子どもの成長、自分のダイエットのために、キャベツを刻みニンジンを刻みダイコンを刻み、ワカメを水で戻して刻み、コーンを茹でて削ぎおとし、キノコを茹でて、ナスを揚げて煮浸して、ゆで玉子を添えて、何でかんでまだがんばっています。


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ほんの一部ですが、更新は大変です。

がんばる程、思うのは今までが安易だったかなと。

過去を後悔しても仕方ないので、遅かったけど気付いてよかったと思っています。

やめないように無理しないでいきたい。

野菜ばかりの毎日に飽きてきた時娘の誕生日があって最初の写真の娘の大好きな鮪の赤身とサーモンにダイコンやワカメやシソを多めにつけたりしました。

豆腐とところてんとワカメなんて日もありました。

そんな毎日でブログまで行き着かなかったのは私の余裕がないからです。

 


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今年は数年振りにみきおくんを福島のお義母さんに会わせることが叶いました。

犬も歳を取って健康を維持するのも大変です。

なぜこんなにも生きていくということは大変なことなのでしょう。

がんばりながら癒されながら助け合いながら苦しみながら救われながら更新していつかは誰もが人生の幕をどんなかたちであれおろす日がくる、その日までは悩みながらがんばらねばならないのですね。

 


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福島でお義母さんと流し素麺、私が一番はしゃぎました。

 


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旦那といった鹿島神宮

楽しかったです。

 

みなさんお互い夏を楽しみましょう。

読んでくれてありがとうございます。

 

なんか苦しいけど、しょうがないしよかったかも。

7月になりましたね。

ある人が言っていました。

コロナ禍あけたら毎日いそがしくて、日々が過ぎるのがはやいなぁと。

確かにそれはあるかもしれないと思っています。

いいことかどうかはわからないけど。

 

好きだったドラマが終わりました。

日曜日の夜ぐらいは…

よかったです。


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ワンピースみたい~(笑)

このドラマをみていろいろ思ったのですがその中でも今までの考えを覆すことを思いました。

それは共感についてです。

私は今まで共感するというのは素晴らしいこと、素敵なこと、自分を救ってくれることなど、いいこと尽くめの考えでした。

でも共感ばかりはダメだなって思えたドラマでした。

共感に縛られてはいけない。

誰の気持ちも自分の気持ちと同じ価値があると改めて気付かされたドラマでした。

わかってあげれなくてもわかってあげたい気持ちが大事です。

思いやりや優しさ、肯定は人を助けて救ってくれます。

それが共感なしでは出来ないなんてくそです。

さいごまで楽しくみました。

ありがとう。

 

旦那が健康診断で血圧高くても再検査してなくて怒られて、お医者さんに本当に危ないことだと言われて、今まで私にも言わなかったのに言ってきました。

とても何もかもショックで、でも今からでもがんばれることがんばろうと思いました。

苦しくても。

野菜が嫌いな旦那に野菜を食べさせようとサラダを工夫しています。


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まだ努力のうちにも入らないかもだけど。

やらないよりやって後悔。

やらないことは、何を諦めた?

やってもやらなくてもって思ったら行動する意味ないもんね。

やらなきゃやる結果はみられないし。

旦那に頼りきった生活の私は旦那を健康にしたい。

いやでも食べてる。

私ががんばっているもの。

子どもだって将来のためにいいよね。

相乗効果。


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酔って撫でると怖いよ~

そういってる?


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大好きな山岡家は息子と二人で行きました。

旦那と娘は用事があったし。


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健康診断前に旦那と行ったキッチンカー、楽しかった。

だけどサラダを作って食べて貰うのだってわるくない。

 

 

読んでくれてありがとうございます。

 

 

怪物みました。みてよかったです。



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今日観に行きました。

よかったです。

みるきっかけになったのはテレビでこの映画に携わった人、監督なのか脚本の人か誰かはしっかりみなかったのでわからないのですが、その方がインタビューで言っていたことが気になって、とにかくみてみたくなったのです。

「以前に運転していて、大きなトラックが前にいて信号が青になっても暫く動かなくてクラクションを鳴らしたんですが実は全く見えていなかったのですが車椅子の人が横断歩道を渡っていてそれを待っていてトラックが動かなかったんですよね、そういうわかんないってだけで実は何かあるっていうのが表現できればっていうかね」

みて感じたのはまさにそういうことでした。

自分も子育て真っ最中の母親で、この映画では色々胸が締め付けられる場面が出てきます。

映画はふと観に行くことを決めたので旦那と観に行きました。

なので話しは別ですがビールをのめました。

それでビールはトイレが近くなるのですが中弛みできない展開で相当後半はトイレを我慢しました。

現代の様々な問題が詰め込まれている映画でした。

子どもの世界の葛藤や我慢や解決できない、親に言えない、誤解される、わかって貰えない、どう言えばいいかわからないこと。

大人の世界の世間の目や噂話、こうしなければならない、こうあるべき、守りたいものがうまく守れない、伝えたいことを伝えられない、権力に逆らえない。

一つうまく行かないことがどんどんうまく行かないことが増えてしまってなんでこうなるんだろうなぁという感じは誰もが感じたことあると思います。

それは母親としてもそうだし、仕事をしていてもそうで、子どもの頃小学校に通っていた頃もそうだったと共感しました。

母親がみている我が子は本当の姿なのだろうか。

いそがしすぎて聞き逃してしまった大事な言葉があったかもしれない。

今の状況が母親という立場だからその目線が一番近いですが、この題名の怪物はいろんな怪物がいるなぁと思いました。

例えば私が小学校の頃は今よりずっと親は先生を頼って讃えていた気がします。

こんなこと先生がいうなんてと疑問に感じる選択肢もなかった気がします。

私は音楽と体育が大嫌いでした。

それは嫌いが大嫌いになったのは先生のせいだったかもしれないと今は思います。

何気ない言葉に子どもは傷付くのです。

小学生の時、学芸会で合奏があってもちろん何の楽器もやりたくないのですがやらなければなりません。

音楽の授業でいつもできない私は小太鼓になりました。

それがドレミがなくてもリズム感はもっとなくてみんなの前で注意されました。

ウケを狙って軽く言ったかもしれないのですが「リズムがずれてるの、ジャズじゃないんだから全部ンタンだとおかしいだろう」

泣き出してしまいました。

そのあとがもっとダメでした。

でんでん太鼓みたいなのを渡されて「どこで叩いてもいいから」

それは親にはもちろん言えなかったし、自分でもいいんだかわるいんだかわからなくなってしまっていました。

ただ、合奏というみんなでやるもので周りに迷惑をかけないのではホッとしました。

大人の対応は時として救おうと思ってやることや軽い言葉が子どもを突き刺すことがあります。

それはもう大人の気持ちと子どもの気持ちが違うから仕方ないかもしれません。

社会人になり、事務の仕事をしていた時も誤解されたことありました。

上司のミスを自分のせいにされて悔しくて相談したら「それで謝って貰えば気が済む?大したことじゃないから我慢した方が人間関係うまくいくから」と言われて呑み込みました。

仕事でも権力に逆らえないのです。

おかしな状況になったら、どうしてあの時ちゃんと言わなかったの?というくせに、小さいうちは誰もが揉み消すことに必死なのです。

 

怪物をみて本当にこれからのこと、今のこと、前のこと考えたり、思い出したりしました。

そういう映画はなかなかないのでみてよかったです。

夫婦でみれたのもよかったかもしれません。

他にも夫婦でみてた人いて、終わった後「怪物ってさ~」と話していました。

 

ビールではく付いて、ランチにも。


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明日はまだ日曜だから嬉しいです。

 

読んでくれてありがとうございます。

日曜日の夕方、私もきつかった。

6月になりましたね。

ものすごい雨が降って、何もかも流してしまいたいのか?と思うくらいの勢いでした。

災害にあってしまった人たち苦しいです。

自然はやさしくてこわいものです。

恵みと同じくらい残酷さもあると思います。

 

前に紹介したドラマを夢中で見続けています。

日曜の夜ぐらいは…


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今回はそのドラマのワンシーンが刺さりました。


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ラジオをきっかけに知り合うのですが、そのラジオが日曜の夕方にやっていて。

その中の一人が小学校の頃から「日曜の夕方に死にたくならない人は幸せだ」という想いをはきだして。

だから日曜の夕方の一番きつい時にラジオを聞いて笑ってがんばると。

 

私も日曜の夕方、いつも嫌できつかったなぁと思い出しました。

今もですけどね。

私の小学校の頃は、日曜の夜にやるTOSHIBAのコマーシャルで「この木なんの木きになる~」という歌を聴くと、あぁ、と崩れ落ちそうでした。

番組だとサザエさん笑点元気が出るテレビも面白いのに、苦しい時ありました。

 

明日は月曜で学校か…。

明日は月曜で仕事かぁ。。。

 

懐かしいし、わかるなぁ。

 

こういう瞬間、ブログやっててよかったと思います。

こんな自分勝手な想いを言えたりするから。

 

友だちの旦那さんはヱヴァンゲリヲンが好きで中でもシンジが好きで台詞で「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」というのがあって、仕事で嫌なことがあるとそれを思い出して乗りきると言っていました。

 

わかるなぁ。

ドラマやアニメやマンガに共感して救われることあります。

もちろん本にも。

 

話しは戻りますがこのドラマのキャストはもちろんですけど主題歌がまたよくて!

ドラマを作っている人たち凄いなぁと思います。

この歌がもう入ってくるー!

そしてこのドラマに合いすぎてるー!


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ケセラセラ

いいな~。

 

なんかみてすぐ、思わず投稿してしまいました。

しかも日曜の夜は次の日の仕事が心配すぎてみれなくて月曜の夕方にみました。

 

日曜の相変わらずは四十代でもまだまだ続いています。。

 

読んでくれてありがとうございます。