ウィズコロナな世の中。

久しぶりになってしまいました。

話したいこと色々あっても忘れてしまったり、忘れるくらいならそんなに話したくなかったんだろうと思いながら毎日過ぎていきました。

子どもたちが学校が始まって、娘のお弁当作りが始まりました。

息子は学校初日から定期考査でした。

親たちも長い夏休み明けですぐテストで、9月末に通知表となるわけですから気が重いです。

そして今日はその息子の中学の体育祭で観に行く予定でパートタイムを休んだにも関わらず悪天候で順延になりました。

明日は休みをとっていないので、なんともなんとも‥。

コロナ禍が続いて、3年ぶりの全校での体育祭になります。

縮小されて、午前で終わるし、普通に給食で、保護者は一人だけ観に行ける感じになっています。

まだ中学一年生だから、と思って、はっとします。

娘の合唱コンクールがまだ一年生だからといって行かなかった3年前、それからずっと行けなくなったわけですから。

最近はコロナ禍でも変わってきています。

近所の人も「実は先月コロナになってしまって引きこもったよ~」とか、娘の夏休みの面談でも先生が「息子からコロナうつってしまって長く休みになって迷惑かけました」等、コロナがインフルエンザに近い存在になってきています。

このコロナウイルスが最初に始まった頃は、これが原因で、引っ越した人や自殺した人までいました。

世界中をパニックにした感染病は身体だけじゃなく精神や心まで蝕みました。

私はもともと積極的ではなかったのがもっとそうなって人との交流が面倒になりました。

前に映画監督の人が癌を患って、インタビューで「私の中に癌がいます。癌に話しかけています。癌よ、うまく共存しよう、私を蝕みすぎるとお前も住みかを失うぞ。」

さすが映画監督と思いました。

未知の病は時として何の理由も訳もわからぬまま姿を消すこともあるとききます。

コロナには悩まされたり苦しめられたりしても学びも多くあると思います。

人は変わってちゃんと応じて慣れて生きていくのです。


f:id:serori8793:20220908070108j:image

今読んでいる本です。

ブログの更新率もわるくなっていますが読書も最近は進みがわるくて、7月末から読んでますがまだ読み終わりません。

それはおもしろくないからではなく、噛み締めて読んでしまうというのと、前半では戦争の記述が難しく何度も読み返したりしたためです。

歳をとって、痴呆になって、家族と暮らすのが難しくなった人たちが集まる病院の話です。

その人たちも八十年、九十年と人生を歩んできた道がそれぞれ当たり前ですが、あるのです。

歳をとると子どもに返るようにわがままになったり、トイレがうまく出来なくなったり、話が通じなくなったりもしますが、子どもと圧倒的に違うのが長い道のりを歩んできた経験と、努力や頑張り、プライドがあるのです。

この本を読んでいて思うのは自分もそうなっていくだろうし、自分の親もそうだし。

それは考えさせられるし、人は生きるというのは凄く簡単ではないと気付かされます。

死にたいと思ってもじぶんでは叶わないわけです。

自殺も人殺しと同じと言っていた人もいました。

家族に迷惑をかけたくないと自らこの病院へきてる人もいました。

誰もすきで呆ける人はいません。

この安楽病棟ではたまにお茶会等の行事をします。

いつもは落ち着かなかったり指をしゃぶったり、お菓子を勝手に食べたりする患者も、お茶会では騒がずちゃんとできました。

長い人生で身に付いた作法がなぜか時として呆けを超えて生きるときがあるのです。

人には歩んで生きてきた歴史が染み着くんだなぁと感動します。

私の母は脳梗塞でうまく話せなくなって、ボタン等押したりできなくなりました。

家事を帰省してやる時に久し振りに夏ですが秋田の郷土料理のだまこもちをやることにしました。

だまこもちは鍋料理で、主に冬にやります。

鍋汁はきんたんぽと同じ比内地鶏の醤油だしです。

ご飯をおはぎのように、はんごろしに潰して丸めて出汁に投入します。

ご飯をすり鉢で潰そうとしていた時、母が子どものように目をキラキラさせて「やる、やる」といいます。

その潰し方の上手いこと!

丸めるのも上手でした。

はじめは娘や息子とやろうとしましたが、あまりに母が楽しそうに手伝うので、子どもたちには遠慮して貰いました。

外に出掛けるのもトイレが鍵を閉められなくて私が一緒に入ります。

その時不思議なことに自分が娘だった小さい頃母と入っていたトイレを思い出し、また娘や息子の子育てでトイレを一人でできない時に一緒に入っていたのも思い出し何とも言えない気持ちになりました。

母も私も子どもも生きて成長して歳を重ねているなぁと。

 

実は最近また料理がパッとしません。

しかし少し前までは何を作っても「美味しい!」っていうのが続いたりしていました。

その時に作った簡単に色んなものを挟めたパンがこちら。


f:id:serori8793:20220908074412j:image

パンはまた仕事で買ってきました。

‥だけどまた何作ってもパッとしなくて、まるで確変が終わったみたいです。

 

茶色は美味しい。

茶色は可愛い。

それはうちの犬。

そう、安楽病棟を読んでいてうちの柴犬の気難しい性格も歳を重ねているせいもあるんだなぁと思います。


f:id:serori8793:20220908074747j:image
f:id:serori8793:20220908074756j:image
f:id:serori8793:20220908074819j:image
f:id:serori8793:20220908074827j:image
f:id:serori8793:20220908074836j:image
f:id:serori8793:20220908074844j:image
f:id:serori8793:20220908074857j:image
f:id:serori8793:20220908074905j:image
癒されます。

今日も読んでくれてありがとうございます。